Discussion

メンター座談会

4年間を通してメンターを務めてくださった若林恵氏、山田遊氏、鈴谷瑞樹氏の3名にこれまでとこれからのProject 180について伺いました。

絶えず変化するビジネスのモデルに対応するために

若林氏4年間を終えてまず感じるのは、イノベーションという言葉の捉え方が、期を追うごとに少しずつ変化していたことですね。1期が始まったばかりの頃は、イノベーションについて漠然とした理解だった参加者も多かったと思うのですが、徐々に、昨今よく耳にするDXという言葉と共に理解されるようになってきた印象があります。

イノベーションにもDXにも通底しているのは、プロセスの改善です。アッと驚くモノやサービスをつくることではないという理解が進んだのは、良い変化だったと思います。自分たちの強みをしっかりと認識した上で、リアリティを持って新規事業の創出に取り組んでいたチームが少しずつ増えてきたように思います。

私自身、メンターを務めながら、少しずつProject180(以下、180)の趣旨を理解していった部分があります。それは、次の時代のビジネスモデルを考えることではなく、モデルは常に変化し続けると知った上で、いかに柔軟に対応できるか、その術を身につけることだったのではないかと思います。

山田氏極端な話、180で考えた事業アイデアが、実際の形にならなくてもいいと思うんですよ。一つのきっかけとして機能すれば良くて、どちらかと言えば、Project180での経験を踏まえて、継続した基礎体力づくりをできる仕組みを、社内もしくは身の回りに構築できるかどうかの方が大事だと思います。

鈴谷氏プログラムの中で大切だったことを挙げるとすれば、どれだけ議論を尽くせたかですよね。仮に、考え出した事業アイデアがイマイチだったとしても、揺らぐことのない会社の存在意義や方向性さえしっかりと言語化できていれば、別の方法やアイデアを検討することができます。手を変え品を変え、出したり引っ込めたりを繰り返すための訓練の場だったのではないでしょうか。

若林氏これまで実践してきたビジネスのモデルがサッカーだったとすれば、180はそのゲーム自体が変わったことを知るきっかけのようなものです。バスケットボールをするためには、トレーニングの方法もドリブルの方法も、なにもかもを変えなくてはなりません。

ただ、重要なのは「じゃあ、これからはバスケだ」とバスケに最適化すればいいのかといえば、そうではなく、今後「じゃあ、次はバスケからゴルフへ」といった変化が継続的に起きていくという理解をもつことだと思うんです。そういう意味で180は、現状見えている「次」への対応を考えるのではなく、次々とやっていくる「次」の到来に備えて、都度都度ピボットしていけるような柔軟性やスピード感をどう身につけるのかという、ある意味「メタレベル」でのトレーニングなんだと思うんですね。

山田氏熊本企業の中には、サッカーからバスケに変えたつもりが、気付いたらハンドボールをしていたなんて場合もありました。ゲームは確かに変わっているけど、目指す方向とズレている。そんな時にちゃんと軌道修正できるかどうかは、県外パートナーにかかっていると思います。

自分自身に問い返し、「身軽さ」を養う

山田氏実は、1期の森さん(株式会社マスナガ)とは、今一緒にプロジェクトを進めています。形は多少変わっていますが、根本的な部分は180で発表したアイデアの延長線上にあります。4年掛けて研ぎ澄ませた結果であると同時に、何か新しいことを始めて形にするには、それくらいの期間が必要ということなのかも知れません。

他のチームからも、180をきっかけにして何か新しい取り組みが始まるといいですね。

鈴谷氏180での取り組みが点だとすれば、そうした点を継続していくつも打って線にして、面として形にしていく。そのために掛かるコストや期間は人によって、会社の規模や事業の性質などによっても変わってきます。

180では、過去の参加者が研修を見学したり、180サミットのような期を跨いだ交流会の機会もありました。そうした場所に出向いていって、周囲の変化を感じ、自身のプロジェクトに還元していく必要もあると思います。だからこそ、180のような取り組みは形を変えてでも継続していってほしいですね。

若林氏一人で何かを続けたり、変化を加えるのは難しいんだと思うんですね。自分も180にメンターとして参加することでいろいろな企業を知れたし、山田さんや鈴谷さんと話すことで「うちの会社は大丈夫なのか?」と自分自身に問い返すきっかけになりました。

そうした自己診断を無意識的にできるのが、優秀な経営者だと思いますが、そのためにはやはり訓練が必要で、本来は仕組みとしてあるのが望ましいのかもしれません。

印象に残っているチームの共通点で言えば、ある種の「身軽さ」があったように感じました。例えば、1期の宮川さん(くまもと☆農家ハンター)が家業の洋蘭ではなくイノシシに、4期の實取さん(實取耕房)がご自身の農業だけでなく、環境保全に目を向けたように。チームでの議論を経て、頭の中をスッキリできた人は、事業アイデアもシンプルかつ、力強い説得力を持っていたと思います。

山田氏家業の場合は、特有の困難さもありますよね。先代や地域との関係性の中で変えていける部分と、そうでない部分がある。地方だと特に、どうしていくべきかの判断になる依り代が少なくて、停滞してしまっている場合も多いと思います。そうした状況を変えるためにも、180のような取り組みが何かしらの助けになるかもしれません。

手癖を捨てて、会社ではなく「社会」に目を向ける

若林氏県外パートナーについては、彼らがいかに会社の論理から外れることができるかが求められていたと思います。180では、会社にいてはできない経験をしに来ているはずが、中には、ついコンサルタントのようなスタンスで向き合ってしまったり、上司と話すような形で議論を進める人がいます。180の参加者にも伝えていたとおり、そうした手癖を捨てなければ、チーム全体として前に進まないばかりでなく、県外パートナーである彼ら自身のポテンシャルが上手く発揮されません。

県外パートナーは優秀であると同時に、会社に最適化されてきた傾向があります。研修で熊本企業の参加者と交わり、少しずつ自身の振る舞い方を見直せた人は、強力なパワーを発揮できていました。メンターとして、その変化の瞬間に立ち会えたことは、とても嬉しかったですよ。

鈴谷氏普段、企業で上司の指示やクライアントの要望をもとに動く県外パートナーからすれば、熊本企業の参加者、特に経営者と直接関わる機会は貴重です。だからこそ、つい彼らの考えや意見に頷いてしまいがちです。しかし、彼らに同調したところでお互いにとって良いことはなく、事業アイデアのブレイクスルーも生まれません。

わからないことは質問して、いわば”アホ”のふりをすることが必要な場面もあります。これまで空気感で理解されてきたことを言葉にして、無意識下にある考えを引き出すのは、県外パートナーにしかできませんからね。

山田氏県外パートナーの彼らにとっても、これからの働き方を考える上で貴重な機会だったと思うんですよ。会社に守られている状態から、ある日、一歩を踏み出す日が来るかも知れない。その日暮らしに近い状況がより現実的になっていくこの先、実際にどのように動けるのか。どのように切り替えればいいのかを考える時期がやってくる。

県外パートナーが”仕事感”から抜け出したチームは、事業アイデアにも光るものがありましたね。

若林氏経営者自身も、必ずしもやりたいことがうまく言葉にできるわけではないんですよね。でも、細部を観察していけば、彼らが大切にしている何かが少しずつ見えてくる。それを経営全体に行き渡らせるためには、県外パートナーが辛抱強く向き合い、言語化し、構造化していく必要があります。経営者であっても慣れていない作業ですが、逆を言えば、やり続けさえすれば必ずうまくなります。やはり、訓練は絶えず続けていかないといけませんね。

土地の豊かさに甘えず、会社のユニークネスに立脚する

若林氏熊本に限らず、地域に住む人から話をきいていると、相変わらず特産品や里山の自然といった話になることが多いんですよ。でも、自然の豊かさという解像度で地域を見てしまうと、全国に同じような価値を持つ場所がたくさんあることになる。

地域の自然や伝統に立脚するのではなくて、会社が持つ固有の価値に地域性を組み込むくらいの姿勢であってほしいと思います。たとえば、2期と3期に参加した利他フーズなんて、まるでアメリカのスタートアップみたいで、ここまでデジタルデフォルトの会社が熊本にあるのかと、正直驚きました。

180に参加した熊本企業の方には、いずれ「自社があるのが熊本の良さです」くらいのことを言い切ってほしいですね。今後の展開に期待しています。