Interview

修了生のその後

”持続可能性”を実現するために、当たり前を変えていく

第3期 株式会社ヤマチク

専務取締役 山崎 彰悟

熊本県北部の南関町で、竹の箸だけをつくり続ける株式会社ヤマチクの3代目、山崎彰悟(やまさきしょうご)氏。Project 180では竹に関する実験の場「take lab」をチームメンバーとともに構想。180修了後は、早速自社でイベントを企画し、反響も大きかったそうです。

2019年に立ち上げた自社ブランド「okaeri」は売上の約4割を占め、OEM(他社ブランドの製品を製造すること)主体の事業から徐々に転換されています。素材である竹の生産を担う人たちの待遇を含む、全体の構造を変えなければ、会社が残ることすら難しいと言います。”持続可能”という言葉に対する切迫した意識。根底にある課題の解決に向けた取り組みに加えて、経営者としての山崎氏の考えについても伺いました。

共通言語がない環境で、人は言葉を磨いていく

ー社員の松原さんと一緒に180に参加されてみて、いかがでしたか?

山崎氏「松原は、自社ブランドの『okaeri』を立ち上げた当初から参加している社員の一人です。展示会や商談にも出てくれて、ずっと一緒に商品開発から販売までやってきました。社外ではどういう取り組みがあるのか、どういう人達が、どういう働き方をしているのか。そうしたことも知ってほしかったので、180に参加してみないかと声を掛けたんです。

はじめは『話についていけない』と、正直な感想を言っていました。でも、次第に変わっていったと思います。今までは社内だから通じていたコミュニケーションも、一歩外に出れば通じないことに気付きます。他の熊本企業や県外からの参加者もいる180のような環境で、人は言葉を磨くんですよね。

生産背景や作り手の思いなど、自分たちにとっては当たり前だったことをどうやって伝えるのか。180の活動を通して、持続可能な箸作りという、ヤマチクが一貫して大切にしてきた思いも、より自信をもって言えるようになりました。その気付きはもちろん私にもあって、松原にとってはより大きかったんじゃないでしょうか」

自社ブランド「okaeri」の開発について語る二人のインタビュー記事はこちら(外部リンク

ー改めて、180で発表して頂いた新規事業アイデア「take lab(タケラボ)」が生まれた経緯や活動について教えて頂けますか?

山崎氏「take labは、自分たちにとって最も身近な竹を使って、今いる場所で身の丈にあった挑戦をしていくための、いわば実験場です。

私が家業であるヤマチクに入社してからの約10年間を通して、竹箸のノベルティ制作や自社ブランドの企画・開発・販売などの新たな仕事をつくってきました。今では竹の原材料価格を3割ほど上げて、切り子さん(山に入って竹を取ってくる人のこと)の待遇を少しずつ改善しています。

ただ、それでもまだ足りないんです。若い世代が参入して仕事を続け、いずれ家族を持つことまで考えると不十分。かといって、私たちも無限に値上げはできません。今後、社員として切り子さんを抱えた時に、竹をお箸の材料として使うだけではもったいないと感じていました。

ヤマチクが竹の箸を作り続けるためには、切り子さんをはじめとする竹の生産を担ってくれる人たちに、新しい仕事が必要です。そうした話を180のチームのみんなとしていく中で生まれたのが、take labです」

イベントの開催を通して見えた、実験の場が持つ意味

山崎氏「アイデアの発端はもう一つあって、松原がメルカリで筍を売ってみたという話です。

筍のシーズンは春先の2月から3月にかけてなんですが、5月ごろまで生えます。ただ、最盛期を過ぎると買取価格が落ちてしまいます。かといって、生えたままで放置していると山が荒れてしまうので、市場に出荷しないにしても、筍を掘る必要がありました。メルカリでとりあえず筍を売ってみるという松原の実践は、まさにtake labが目指す”身の丈にあった挑戦”だったんです。

筍の買取価格が下がったあとでも収益化に繋がる方法を模索するために、180修了後の2021年4月に、take labの活動の第1弾としてイベントを開催しました」

ーSNSで呼びかけるとすぐに人が集まり、その後の反響も大きかったそうですね。イベントについて詳しく聞かせて頂けますか?

山崎氏「漫画『美味しんぼ』にでてくる大地焼きを実際にやってみようということで、地面に生えたままの筍を焼いて食べるというイベントでした。定員は8名で参加費は5000円でしたが、熊本市内や県外からも応募があって、すぐに定員が埋まりました」

「ローカルに人を呼ぶ」という挑戦。思わぬ副産物も

ー180に参加される以前から、take labのような実験の場とは別のイベントを開催されていますよね。

山崎氏「はい、きっかけはコロナでした。以前、百貨店のイベントに参加した際に知り合った方たちと話して、自分たちでもイベントを企画して開催することにしたんです。熊本で開催予定だった2020年に私が担当になり、熊本市内で場所を探していたところでコロナの感染が広がりました。

もともと、都市部では場所代が高いことなどの成約が多いと感じていました。加えて、コロナ禍では感染対策も非常に難しい。そこで、ローカルにどれだけ人を集められるのかという挑戦として、ヤマチクの倉庫でやりましょうと言って開催したのが『大日本工芸市 at 熊本』です。

目標は3日間で1000人だったのですが、終わってみれば2300人くらいの方々に来て頂いて品切れも続出。3日間で480万円ほど売り上げることができました」

山崎氏「目標を越えて人が集まってくれて、売上も上々だったイベントですが、思わぬ副産物もありました。

全国から出展者が集まる合同イベントだったので、社員たちにとっては、普段見られない商品やサービスを知るきっかけになりました。テレビやインターネットで見たことがある人が来て、直接商品の魅力を聞けて、手に取ることができる。ヤマチクのスタッフの購買意欲が一番すごかったんじゃないですかね。いろんな人や商品に触れて感度が上がることで、自分たちがしている箸作りや、商品としての魅力の伝え方も自然と磨かれていきます。

会社ってハブだと思うんですよ。そこで働く人や地域の人が、仕事を介して誰と出会って何を得るのか。社会との関わり方として、一番身近なのは働くことですから、お客さんの反応が一番分かりやすいイベントは、とても良い経験で、気づきも多かったですね」

自社ブランドへの反響。しかし、そろばんからは決して目を離さない

一つの竹箸をつくるまでには30以上の作業工程があり、本社工場には様々な機械が並ぶ

ー自社ブランドを立ち上げて感じた変化や今後の課題について教えて下さい。

山崎氏「作業工程や担当などを含めて、やっていることに大きな違いはありません。ただ、自社ブランドができたことによって、常にお客様を意識するようになったと思います。自分たちの名前を出して売っている分、良い評価も悪い評価も全て自分たちに返ってきますから、意識せざるを得ないという面もありますが、そうした顔の見える関係性が醍醐味でもあります。

今は10人ほどの切り子さんたちと取引をしていて、そのほとんどが60代から70代の方々です。今のヤマチクの事業規模を維持しようとすれば、この先5年間で同じ人数を新しく確保しなければなりません。参入障壁は高くないとはいえ、待遇が改善されなければ、若い人が入ってきてもすぐにやめてしまいます。

今以上に竹の原材料価格を上げるためにも、売上全体に占める自社ブランドの比率を増やす必要があります。全体の収支構造を変えていくには、自分たちで価格をコントロールできる自社ブランドはやはり欠かせません。

今は売上全体の約4割が自社ブランドですが、近い将来、5割を超えます。そうすれば、これまでOEMで卸してきた取引先からの条件が引き上げられて、勢力図が大きく変わると思っています。」

4期のオープンセミナーにもご登壇頂き、メンター陣とともに竹にまつわるトークを繰り広げた

ー自社ブランドを立ち上げてからは世界的な広告・デザイン賞も受賞され、メディアからの取材も増えたと思います。それらの反響を受けて、最後に、今考えていらっしゃることを教えて頂けますか?

山崎氏メディアに取り上げて頂くことで、働く社員たちの精神的なやりがいに繋がっているのは嬉しいことです。一方で、竹箸の生産を続けるためには、経営者として、そろばんの部分から目を背けてはいけないと思うんです。

ましてや、私たちは仕入れの原価を上げるという、一般的なビジネスのセオリーから外れたことをしています。業界全体が抱える課題を考えた上でのことですが、やはり、そうした決断はいつも、最後の最後まで迷います。”持続可能”という言葉を掲げるのは簡単ですが、その困難さを身に染みて感じています。

竹は、わずか3ヶ月で18mも伸びるという驚くべき生命力があるかと思えば、数十年に一度花を咲かせて枯れてしまうという、不思議な生物でもあります。最近では、サステナブルな素材としてにわかに注目を浴びていますが、本来は生き物です。私たちヤマチクにできるのは、そうした竹の良さを引き出すのが精一杯で、そのためにも、今はやるべきことを着実に続けていこうと思います。

2022年2月、山崎さんは、起業家やビジネスリーダーが集まるイベント「CRAFTED CATAPULT」に登壇し、見事優勝されました。日本の食卓から消えゆく竹の箸、それを支える従業員さんや切り子さんを第一に考えながら、常識を疑っていく。「今やっていることが、必ずしも今、評価されるとは限らない」という山崎さんの言葉には、広い視野と長いスパンで会社を見据える懐の深さを感じました。自然を相手に、謙虚な姿勢でモノづくりを続けるヤマチクさんの竹のお箸が、多くの人の手に渡り、本当の意味で持続可能な社会が実現することを願います。